【トゥインゴ30周年!】初代ルノー・トゥインゴの歴史、全部教えます

小さくてかわいいデザインのトゥインゴは日本でも大人気の車種。そんなトゥインゴ、今年で初代発売から30周年を迎えます。そこで今回は初代トゥインゴについて徹底的に掘り下げます。

初代トゥインゴ Twingo 1

初代トゥインゴは1992年10月のパリモーターショーで発表されました。その会場では多くの人が殺到し、まだ車両価格がわからないのにも関わらず、10日間のモーターショーで2000台の注文があったようです。その後、1993年4月に発売を開始しました。

まずは開発ストーリーからご紹介。実は初代トゥインゴの開発には時代背景、ルノーの経営、ストライキ等、複雑の物事が絡み合っていて一筋縄ではいかない壮絶なストーリーがありました。(※諸説あり)

トゥインゴ開発ストーリー

トゥインゴが発表されたのは1992年でしたが、その起源は1970年代まで遡ります。トゥインゴを開発するきっかけとなった一番最初の要因は実は1970年代末期の第2次オイルショックにあります。戦後の高度経済成長で波に乗っていたルノーですが、オイルショックによるインフレや余剰人員と車が売れないがための生産停滞がルノーの経営危機を招いたのです。それに加えてルノーが得意としてきた小型車分野に他社が数多く参入したことによる競争の激化も影響しました。

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そして、この過程でパリ近郊に戦前からあったビヤンクール工場の閉鎖が計画されました。このことがルノーの工場に勤める労働者やフランス人の不安を煽ることになってしまいました。それによる労働組合のストライキや労働争議、品質低下など正に当時のルノーは地獄絵図という状態に陥ってしまったのです。

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このオイルショック渦で破産寸前の経営状況を回復するために必要なコト、それは確実に需要がある小型車の開発と下請け業者の整理、人員整理の3点でした。それなのにルノーは安くてシンプルな小型車をすぐに作ろうとしません。オイルショック後初めて生産した新型の小型車はオイルショックから5年後の1984年に登場した2代目シュペールサンクでしが、4の後継といえるようなシンプルなものを新たに開発すればよかったもののシュペールサンクは都会的で4に比べ高価なものでした。それに加えて当時の流れに乗って工場の自動生産化などの設備投資をしたことにより、車が売れても採算が取れないままルノーの経営は悪化し破産寸前の状況。

実際1980年代前半のルノーは毎年赤字と負債を増やしていくという負のスパイラルに陥ってしまいました。この赤字を重ねた過程で1986年には当時のルノーの会長がテロ組織に暗殺されるという悲惨な事件も起きました。その後、大規模な人員整理を行い、ようやく赤字が解消したのは結果的に1987年のことでした。

ルノーの当時の経営状況を説明したわけですが、その中で少しだけ述べた労働組合。これがトゥインゴ開発のキーとなる存在でした。ルノーの経営悪化が止まらない中で労働組合をはじめとするルノーのエンジニアがルノー公団(経営陣)に内密に企画したコンパクトカー、これが後のトゥインゴなのです。この開発の裏にはルノーの元社員の協力もあったとかなかったとか。そして開発されたコンセプトカーが「NEUTRAL」という車です。これ英語でベーシック、中立といった意味のニュートラル(Neutral)をアナグラムさせたものです。シンプルな小型車を作ろうとした当時のルノーの思いが伝わりますね。

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1986年11月7日にこの「NEUTRAL」の発売計画がルノー経営陣に発表されました。実物大のモックアップを用意した意欲的なプレゼンが行われたようですが、当時のルノー会長ジョルジュ・ベスは残念ながら首を縦に振りませんでした。開発は失敗に終わったのです。

そして先ほど86年にルノーの会長が暗殺されたと述べましたよね?そうなんです、ルノー会長ジョルジュ・ベスはこの発表の10日後、11月17日に暗殺されました。暗殺動悸にこの「NEUTRAL」は関係しておらず、ルノーの大量雇用解雇が直接の殺害動悸だそうですが、あまりにもタイミングが良すぎますよね、怖すぎます。ちなみにこの「NEUTRAL」プロジェクトの資金に関しても色々と…ここでは詳しく書けません(笑)

結果的に開発を断念することになった「NEUTRAL」はボツになりましたが、この後に新たに「NEUTRAL」からヒントを得て、1988年にX06というコードネームの小型車が開発されることになり、このX06が後のトゥインゴになります。

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会長が暗殺されたことを機にルノーの会長とデザイン主任が一新され、トゥインゴのモダンでかわいいデザインが誕生します。しかしながら次の壁はコストでした。新会長のレイモン・レヴィがコスト合理主義者だったためです。生産コストの減少や設計コストといった障壁を乗り越えてようやく1992年に発表されたのが初代トゥインゴでした。

開発ストーリーは以上となります。初代トゥインゴはフランスの当時の労働組合やルノーの経営など複雑すぎる過程で生まれた車だったのです。開発過程がこんなにも複雑なものだったとは筆者も知りませんでした。

ここからは初代トゥインゴの歴史に移りましょう!

・コレクションⅠ (1993-1994)

日本未導入の初期型がコレクションⅠです。1993年から94年まで発売されました。発売当初の価格はフランスの旧通貨で54,000フラン。日本の軽自動車と同じくらいの価格設定だったようです。基本的な装備としては、デジタルスピードメーター、スライド式リヤシート、オーディオ、リヤワイパーなどがありましたが、パワステやエアバックのような快適装備はありませんでした。オプションはエアコンとサンルーフの2つのみ存在しました。搭載されていたエンジンは基本設計が1960年代という旧式のCエンジンで、最高出力は55馬力でした。ボディカラーはインディアン イエロー、ウルトラマリン ブルー、コーラル レッド、コリアンダー グリーンの標準色4色とトゥインゴ発売当時唯一のメタリックカラーであるブルームのオプションカラーが存在していました。

インテリアではグリーンがふんだんに使われた個性的な内装が特徴的です。

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エアコンの操作スイッチやステアリング、ドアのインサイドハンドルなど、普通の車の場合黒やグレーの箇所がすべてグリーンです。まさに色彩センスの塊。そしてシートの柄もかなり独特です。これ何模様っていうんでしょうね。そしてこのシート、フルフラットに倒すことができ、この小さいボディサイズでも車中泊をすることも可能です。

コレクションⅠは発売後すぐに商業的成功を収め、その後装備を充実させたコレクションⅡにマイナーチェンジします。

コレクションⅡ (1994-1996)

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日本への正規輸入がコレクションⅡから開始しました。コレクションⅡでは外装デザイン上の変更は殆どなく、ボディカラーの一新と装備の充実化がされました。レモンイエロー、シアンブルー、ヤノスグリーン、マゼンタレッドの4色とオプションとして、ブリュム、ノワール ナクレ、ルージュ ナクレの3色を選ぶことができました。。また、コレクションⅠはモノグレードでしたが、コレクションⅡから装備を加えたパックが加わります。

装備としては、コレクションⅠにはなかったパワステやエアバックが途中から装備され、1994年末にはクラッチレスMTのイージーが加わります。ギアの選択はドライバーが操作し、クラッチ操作を車が行うというシステムです。当時サーブにも同じようなシステムのトランスミッションがありましたね。このイージーは残念ながらクラッチの油圧アクチュエータが信頼性に乏しかったため、故障も頻発していたようです。また、オプションですがABSも装備できるようになりました。当時のカタログによると日本では10万円のオプションだったようです。

コレクションⅢ (1996-1998)

コレクションⅢではエンジンが一新されたことが一番の改良点です。前述のように設計の古いエンジンを搭載していたトゥインゴですが、このコレクションⅢからはD7F型という新設計1.2Lエンジンが搭載されました。また、ボディカラーでは新たにミオソティスブルー、コクリコレッド、パイユイエロー、リュズルヌグリーン、ブラックが選べるようになりました。そして残念ながら日本には導入されませんでしたが、トゥインゴマチックという3速トルコンATが搭載されたグレードが新たに設定されました。イージーよりこちらの方が日本には向きそうな気もしますが、導入されませんでした。しかし、どうやら並行輸入で少数輸入されているらしいです。

コレクションⅣ (1998-2000)

コレクションⅣからトゥインゴはフェイズ2に移ります。ボディ同色になったバンパーですぐにフェイズ1かフェイズ2か判断することができます。また、ウインカーとヘッドライトが一体型に変更されました。そして、運転席と助手席エアバックの標準装備化や衝突安全を強化したボディなど、セーフティー性能が高まったことが大きな特徴です。ボディカラーはアニスグリーン、ヴェルニオレンジ、グレイシャーホワイト、シエルブルー、トバゴグリーン、ブラックの6色展開。コレクション毎にボディカラーが一新されていくのが面白いですよね。ちなみに、最上級グレードとして革シートやアルミホイールなどを装備したイニシャルパリが設定されるのもコレクションⅣからです。

コレクションⅤ (2000-2002)

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コレクションⅤでトゥインゴはフェイズ3に移ります。フェイズ3のわかりやすい見分け方はドアミラーがボディ同色かどうかです。コレクションⅤ以降は同色になります。改良点としては、ABSの標準装備化やブレーキディスクの大型化、フロントアンチロールバーの追加などがあり、安全性の向上が見受けられます。またエンジンのラインナップが追加され、2代目トゥインゴにも搭載されていたSOHC16バルブのD4F型エンジンが選べるようになりました。D7F型の最高出力は58psでしたが、D4F型では75psを発生します。しかし残念ながらD4F型エンジンは日本に導入されることはありませんでした。そして、イージーに変わりクイックシフト5という名のセミオートマが加わりました。自動変速のオートモードが追加され、ようやく普通のAT車として運転できるようになったのです。ちなみにコレクションⅤからフランス車乗り待望の(?)ドリンクホルダーが装備されました。なお日本への正規輸入はこのコレクションⅤで終了しました。

コレクションⅥ (2002-2004)

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コレクションⅤとコレクションⅥの装備や外観での違いは殆どありません。変更点としてはTech’runというスポーティな見た目のグレードが追加されたことが挙げられます。5本スポークのアルミホイールとフルカラードのバンパーが特徴的です。また、キャンパスという名の専用カラーのシラーレッドを設定した特別仕様車(お買い得グレード)が設定されたようです。

コレクションⅦ (2004-2007)

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初代トゥインゴの最終型がコレクションⅦでフェイズ4になります。モデル末期ということで、改良点は非常に少なく、テールゲートにルノーのロサンジュエンブレムが追加された程度しか差異はありません。2007年に生産終了し、14年の長い歴史に幕を閉じます。一番最後に生産された車はX06プロジェクトの開発責任者の手に渡ったようです。その後、2007年に2代目トゥインゴがデビューしました。

初代トゥインゴの各コレクションの説明は以上です。複雑すぎて難しいですね。

日本一トゥインゴが好きなレーサー(自称)の溢れる”ンゴ愛”

どこよりも詳しいトゥインゴの歴史紹介〜グレード紹介が終わったところで、日本一トゥインゴが好きなプロレーサー(自称)で、CarBoonでも連載を行っているフォーミュラドライバー『ワイパーさくら』こと角間くんに、存分にトゥインゴの魅力を語っていただきましょう…!

語り出すと止まらないので、好きなポイントを3つあげていただき、解説をしていただきました。

・むっちゃかわいい!!


トゥインゴの外観を一言で表すならまさに『癒やし』
“カエルのような目”と”抱きしめたくなるようなフォルム”は、何をしていても可愛くなってしまう不思議な魅力があります。
まだまだ角目が主流だった1990年代初期に、革新的過ぎるともいえるこの丸い車は、デザイナーであるパトリック・ルケマンが経営陣の反対を半ば強引に押し切り市場に出したという逸話があります。
その表情は、一部の日本のトゥインゴファンに(“・ー・)という顔文字で表現されています(再現度が高い!)。
ぬいぐるみになっても全く違和感が無いどころか、むしろどんな精巧なミニカーよりもぬいぐるみの方が雰囲気が似ているような───(私も2匹買っちゃいました)

・究極のパッケージング


発表当時にはかなり画期的だったモノフォルムなデザインは、広い車内空間の確保空力性能の向上を目的として設計されました。
加えて、オーバーハングを削り極限までホイールベースを伸ばしたことによって、さらに室内の居住性が高くなり車中泊も余裕に出来るほど!フルフラットはすごい!!
その副産物として、トゥインゴは軽量コンパクトカーとして驚異的な走行安定性を手に入れ、馬力こそ少ないものの、高速道路での快適性は現行車に全くひけを取りません。
このパッケージングは、日本の軽自動車に通じるものがありますが、トゥインゴのヒットによってシトロエン・C2フォード・Kaなどがその後を追い、世界の小型車のスタンダードとなりました。
いつしかトゥインゴを手に入れ「たくさんの県をまたぎながら長距離旅行をする」のが私の夢です!(もちろん宿は車中泊で…!)

“愛されキャラ”の天才


かわいらしい外観考え抜かれた設計によって、世界中でヒットしたトゥインゴは、各国で人々の暮らしを支え人々に愛されてきました。
発売から30年が経った今でも、原産国であるフランスや台湾では未だにたくさん走っており「トゥインギスト(Twinguistes)」と呼ばれるファンによって、開催されるミーティングでは実に多くのトゥインゴオーナーが集結します。
インターネット上では様々なミームも生まれました。フランスの名車として有名なルノー・キャトルやシトロエン・2CVは旧車になった今尚カルト的な人気を誇りますが、いずれトゥインゴも同じように長く愛されるのだろうと私は確信しています。

まとめ

初代トゥインゴの歴史を一通り解説してきました。筆者が自分で乗るならコレクションⅡのレモンイエローかなぁと思ったり(色がかわいいから)

おまけ…トゥインゴ乗りは全員聞いている!?メルシートゥインゴ

私たちCarBoon運営がお世話になっている埼玉県深谷市のフランス車専門店「Carol」の代表である、よしともさんから先日教えていただいたのが、こちらの「Merci Twingo!」という曲。

Apple Music - Webプレイヤー

このMerci Twingo!という曲ですが、私は曲名からオーシャンゼリゼのような明るくて朗らかな曲だと思っていたので度肝を抜かれました。あえて、ここではどんな曲調なのかは言いません、皆さんにも驚いてほしいので。SpotifyやApple Music , Amazon Musicなどのサブスクアプリで聴くことができますので、是非1度聴いてみてください!

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Editor

ルーテシア2 16Vが愛車の大学生。欲しいクルマが多すぎて困っています。