現在販売されているルノー車はトゥインゴやメガーヌなど単語の車名が付けられています。
しかし、1960〜90年代前半のルノー車の主要車種は数字の車名が付けられていた。その数20車種。そんな数字ルノー、沢山種類があって正直覚えるの大変ではないですか…?
4や5,8等の有名な車種は知っていても、他はよくわからないという人もいるのでは。
そこで今回は「数字ルノーを理解する」というテーマで、3から30まである数字時代のルノー車を1台ずつ解説していきます。
今回は前編として、20台の内の10台をピックアップ。
3(1961-1962)
早速かなりのレア車だが、こちらは名車として知られる4の廉価版としてフランス国内でのみ販売されていた車である。こちらは販売期間が僅か1年未満で生産台数も僅か2500台余りという事もあり、知っている人は少ないかもしれない。
4からの主な変更点としては、排気量の縮小(747cc→603cc、最高出力27ps→22ps、最高速度90km/h)、リヤクォーターウィンドウの省略、フロントグリルの簡略化、などが挙げられる。
また、ボディカラーもパステルグレー1色のみの販売で他の色を選択することはできなかった。このように装備を簡略化し、当時のライバルであったシトロエン2CVよりも低価格で販売されていたが、この簡略さが故に人気を得ることができず、僅か1年足らずの販売となった。
4(1961-1993)
1946年発売の4CVの後継車として販売されたのが4である。4の開発には4CVの販売開始から2年後に販売された同郷のシトロエン2CVが大きな影響を与えていた。
実用的かつ経済的な2CVはルノーが羨むほどの成功を収めたのだ。当時のルノーは2CVにヒントを貰いながら、使い勝手の良く運転しやすい車として4を開発した。
その結果、現在のコンパクトカーの基本形である5ドアFFハッチバックを世界で初めて採用。100か国以上で販売され、総生産台数は813万台と非常に高い人気を博した。現在でもヒストリックカー入門車として多くの好事家から親しまれている。
5(1972-1984/1984-1997)
1970年代はコンパクトカーが多く生まれた時代であった。その例としてフィアット127やプジョー104、フォルクスワーゲン・ポロ、フォード・フィエスタなどが挙げられる。そんなコンパクトカー戦国時代に登場した初代5は12年間で550万台を生産したヒット作となった。
直線基調でシンプルでありながらも洗練されたデザインが若者や女性にウケたのである。スーパーカーのデザインを数多く手がけたマルチェロ・ガンディーニがデザインした2代目になるとシャシーやサスペンション形式が刷新され、当時のコンパクトカーのトレンドを押さえたカタチとなっていた。
また、アルピーヌやミッドシップにエンジンを積んだターボモデル等も存在し、ホットハッチの先駆けとも言える車だ。
6(1968-1986)
4より高級感のある車が欲しいという人向けに販売された車で、簡単に言うと4の豪華版として販売された車が6である。同年代のシトロエン・アミやディアーヌと似たようなポジションだ。6は「プロジェクト118」という名称で1965年に開発がスタートし、68年のパリ・モーターショーで発表されたが、派手さのない実用的なスタイリングが影響し、発表時の注目度はそれほど高くはなかったようだ。
モデルライフ途中でエンジンの変更やマイナーチェンジが行われ、フランスでは1980年にスペインと南米では1986年まで販売された。全世界で約170万台が販売されたが、その現存数は少なく日本で目にする機会は非常に稀である。
7(1974-1984)
このフロントマスクとサイドを見て何処かで見た事があるような気がしないだろうか?
そう、7は5をベースとしたセダンなのだ。しかしながらフランスで販売されることはなく、販売地域はスペイン1国だけだった。そのスタイルは5にリヤドアとトランクを付けただけに見えるが、プラットフォームを延長し400Lのトランクを備えるなどかなり実用的な車であった。
モデルライフ終盤では年間販売台数は1万台を切ったが、トータルの販売台数は約16.2万台であった。スペイン専売ということを考えるとそれなりの成功を収めていると言えるのではないか。
8(1962-1973)
前モデルのドフィーヌとは正反対のお弁当箱スタイルで登場したセダンが8だ。現行型トゥインゴ以前のルノー最後のRRモデルであり、4輪独立懸架や4輪ディスクブレーキなどの当時としては先進的で贅沢な設計が特徴的である。また、8といえばフレンチブルーにホワイトストライプのゴルディーニを忘れてはいけない。
排気量は僅か1100ccだが、チューニングされたエンジンは95㎰を発揮。それに5速MTが組み合わされた8ゴルディーニはライバルのミニやアルファロメオなどと共に各種ラリーで活躍し、フランスのモータースポーツの一時代を築いた。
9(1981-1989)
「これまで紹介してきた車と違ってルノーっぽくない」と思ったそこのあなた、正解です。9はルノーが米国生産を視野に入れて開発し、グローバルカーとして売り出そうとした車だからである。
シンプルでありふれたようなデザインですが、ルノーとして初めてジアコーザ式の横置きFFを採用した車で、1982年の欧州カー・オブ・ザ・イヤーを受賞するなど、その中身は優れていた。
また、アメリカではAMCアライアンスとして販売され、米国向けにデザインの変更や装備の充実などが行われ、米国専用のコンバーチブルモデルも販売されていた。
10(1965-1971)
10は8がベースの派生モデルで、8の販売開始から3年後に8の上級車として販売された。
ヨーロッパでは上級車のポジションを奪うことが目的であったが、その裏では米国市場での販売拡大を狙っていた。(米国での販売は振るわなかったが…。)
10はトランク容量を拡大するために8のボディを延長し、内装はウッドを使ったインパネで高級感を演出していた。
11(1983-1989)
こちらは先程紹介した9がベースになったハッチバックモデルで4灯式ヘッドライトなどで差別化がされていた。11も9と同様に国際化を視野に入れており、オーソドックスなデザインであったが欧州カー・オブ・ザ・イヤーを受賞。また、ターボを搭載したスポーツグレードもあり、アルミホイールや専用バンパーなどで差別化がされ、当時のグループAラリーでの活躍もあった。
12(1969-1980)
12は8の後継車として販売された車で駆動方式が従来のRRからFFに変更されたことが特徴である。当時ヒットしていたプジョー204がFFだったことと時代の流れに対応したカタチだ。
しかしながら、海外市場を強く意識した12はFFでありながらも、価格を抑えるために従来の部品を使える縦置きレイアウトを採用した。また、12には8と同様にゴルディーニモデルがあったが、FFだったこともあり、残念ながら8ほどの人気は獲得できなかった。
1980年にフランスで販売終了になった12だが、ルーマニアのダチアでノックダウン生産され、現地ではなんと2000年代半ばまで販売されていた。
まとめ
数字ルノー紹介前編は以上である。後編では14から30までの数字ルノーについて解説していく。